カイサン

文に「。」をつけると締まる気がする、つけないと抜け感があって心地よかったりするときもある、そういう風に考えています。

もうすぐ春が始まる、私がお世話になった予備校からの新入生はいるのだろうか、きっといるだろうと思う、毎年1人か2人は受験していた気がする、だけどまぁ私も同じ予備校に通っていた先輩がここに居るはずだけれど1年経っても面識がないので知らない、だから多分同じ予備校に通っていた人が来ていても知り合うことはないのだろう、だけど私は後輩というものについて幻想があるらしく期待してしまう、期待とは本来裏切られるもの、というか裏切られる方が圧倒的に多くない?それは期待は幻想だから、それに後輩、とは、なんというか、なんらかの接点があってこそ、そう呼べるのだと思う、私は予備校で年下の人は顔も覚えていなかったので私の言うような後輩というものは存在しない、だけどまぁ後輩、みたいな存在と仲良くしてみたい、これは幻想の話なので大目にみてください。

春の雨は不快ではない、夏の雨のような激しさもなく秋や冬の雨のように冷たくない、夜のぬるい雨が黒いアスファルトを濡らし街頭がそれを反射させるとても魅力的だと思う、あそこなら私は自由になれるとベランダから眺めて思う、あの場所は特別な気がする、艶のあるアスファルトの上でぬるい雨に打たれて私は身体を動かす幻想、身体の全て、末端に至るまで神経が行き渡ってる事を実感しながら身体を動かせる気がする地面を踏み脚に力を込めて力が伝わり地面を力強く蹴る瞬間を実感できる気がする、そういう自由がある気がする、この期待が裏切られる幻想だと知りたくはないので私はそこへ行かずに眺めるだけにする、私は踊れない